はさみのあそび

……〈前略〉
 花を生ける時は、片手に花を持ち、もう一方の手で鋏を使うが、「遊び」の部分がきつすぎると鋏がひらきにくく、ゆるすぎると巧く噛み合わない。つまり、その止め金はいつも真中でふらふらしていないと、自由に動かないのである。

 ゾーリンゲンでも全く同じ形の花鋏を作っているが、似て非なるもので、日本のそれは手をひらくと鋏の重さで自然についてくるし、手を握るとしまる(切れる)。重さのバランスも、自分の手の延長のような感じがして、ただ弄んでいるだけでも気持ちよい。

 ある時錆びたので、知り合いの研屋さんに持って行くと、この花鋏だけは研ぐことはできない、「遊び」のところをはずすと元に戻らないからだといった。鋏を作った職人も、断ることのできる職人も、両方とも偉いと私は思った。何でもないようなことだが、「遊び」が完全にできる人は、一人か二人しかいない。

白洲正子 『名人は危うきに遊ぶ』(新潮文庫)収録 「はさみのあそび」 より


 白洲正子さんの文章には、明瞭にして清々しい日本語の美しさがあります。日本の古典文化に精通した彼の方ならではの名文が数多く残されています。

 人も道具も言葉も、「遊び」が完全にできるようになるには、歴史が必要なのではないでしょうか。

 白洲正子さんに愛用していただいた安重の花鋏。
 手造りの道具には、歴史の中で研鑽された技が集約されています。


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ごあいさつ

 元禄十三年(西暦一七〇〇年)。
 安重は、刀鍛冶が軒を並べる二条城の麓、堀川三条にて刀鍛冶として創業し、後に花鋏や包丁を造るようになりました。

 華道家の花鋏は、切れるだけではなく、切れ味をも要求されます。
 捻れのある二枚の刃が、梃(てこ)の原理により擦れることで切れ味が生まれます。
 安重では今もなお、数少ない職人が、刀を鍛えた製造法により精魂込めて丹念に造り続けています。

 一生に一丁を使い込む手造りの花鋏。
 その優れた切れ味、感触の素晴らしさを味わってください。



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